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ヒコラム(コラムのページ)
管理人が感じたこと、考えたことなどを綴っています。
思いつきで書いてしまうこともあるので迷コラムもあるかも・・・。
| ◆ 「演奏会に行く前に」 | ◆ 「名門(伝統)校・・・。」 | |
| ◆ 「演奏会に行こう」 思い出1 | ◆ 「講習会」 | |
| ◆ 「草(朝)野球」 思い出2 | ◆ 「Soloを吹くということ」 | |
| ◆ 「おみやげ」 思い出3 | ◆ 「合 奏」 | |
| ◆ 「基本が大切」 | ||
| ◆ 「先輩・後輩」 | ||
| ◆ 「マーチング」 | ||
| ◆ 「演奏会を開こう」 | ||
| ◆ 「コンクール」 | ||
| ◆ 「着メロ」 |
高校時代に慣れ親しんだ弘前を離れ、約15年ぶりに帰ってきた私である。その間もコンクールとかには時々足を運んでいたのだが、演奏会というものにはとんとご無沙汰していた。
1999年春に弘前に来てから努めて演奏会に出かけるようにしている。演奏会は大入りのものからそうでないものまで色々であるが、それは必ずしも演奏そのもの良し悪しとは比例していないようであるが。ただほとんどの学校、団体がそれぞれのオリジナリティを出そうと創意工夫している様子がわかり、そういう意味では演奏者とそのBandの指導・関係者には大いに敬意を表したい。
しかし、私が気になるのは聴く側の態度の問題である。
とかく批判的な聴き方、見方をしている者が多いのではないか?ということである。
演奏している最中であろうと
「ここのバンドの指導者はあーだこーだ。」
「ここの指揮者は○○さんの○○だから〜」
「あっ、今ラッパ音外した。」
とかまるで最初から「粗さがしにきているのか?」と聞きたくなる。
知ったかぶりなのかあるいは相当勉強しているのか知らないが、後輩らしい若者にうんちくを語る奴。
それを「うん、うん」と感心して聞いている後輩。
何か間違っていませんか?
中高生あたりが自分のパートにばかり耳が行ってしまいミスがあると気になるのは仕方がないかもしれません。
でももう少し違った聴き方・見方をすればもっともっと楽しめませんか?
演奏でも企画でも構成でも何でもいいんです。誉めてあげる気で聴いてみては?
最初から批評家気取りで腕を組んでるんじゃなくて、もっと楽しみましょうよ!
(自分自身の若い時への反省も込めて・・・・。このページも同じよ。)
皆さんどう思われますか?
弘前市内の高校が挙って演奏会を開くようになったのは今から何年くらい前からなのでしょうか?
私が中学生だった当時、そのほとんどは弘前市民会館で開催されていましたし、それは今も変わらない光景ですね。
当時私は黒石市に住んでいたため、弘前に行くとなるとそれはもう結構なイベントで、「今日は弘前へ行くぞ」て日は朝から気合いが入ったものです。そんな感じですから、弘前に演奏会を聴きに行く日なんかは朝からもう授業に身が入らない。
なんたって大きな顔で部活は休めるし、弘前行くってんで親から余分に小遣いはもらえたりするし、夜遅くまで遊べるしってんだからねー。
もちろん演奏会も大いに楽しみ。
聴いたことの無い格好いい曲があればパンフレットと首っ丈で、「パォー」なんてホルンが吠えてくれたらもう感動〃。
一生懸命拍手したり、「アンコール!」て叫びながら手拍子したの今も覚えています。
中でも楽しみだったのは当時絶頂期にあったM高校。1部、2部の間先輩に言われて前方の席取りさせられて、3部になると交代だった。
(3部はマーチングで女子生徒はミニスカートだった。)でもその学校は演奏会自体が長めだったことが多く、終電に間に合わないためいつも途中で後ろ髪をひかれながら帰っていました。
『これは私の先輩S氏の体験談』
中学生だった彼も朝から演奏会を楽しみにしていたそうです。彼が住んでいたのも弘前市内ではなく I 町。
彼はその日自転車で弘前市内を目指していたそうです。ところが途中不幸にも車とぶつかって交通事故に遭ってしまったんです。
病院のベッドの中で気が付いた彼。強く握りしめていた彼の手の中にはその日親からもらったチケット代の300円が入っていたんだそうです。
車とぶつかったのに、そのお金をはなさなかったんです。
酒席で彼からその話を聞いて涙が出るほど感動しました。本当に演奏会に行くってみんな楽しみにしていたんですよね。
これから演奏会を開催される皆さん。どう思われますか?
「草(朝)野球」 思い出2
ユーミンの歌で「草野球」てありますよね。「あなたがまぶしい草野球〜〜」てやつ。それとは全く関係有りません。
中学1年の時、学校に朝野球の開会式イベント演奏の依頼がありました。入場行進のための演奏で確か曲目は「ワシントンポスト」と何かだったと思います。私を「リコーダーが上手い」とか言って(管理人の履歴に掲載)誘いこんだくせに、結構厳しい顧問でした。みんなを音楽室に集めて「これから試験して演奏者を決める。」とか言い出して、みんなの前でひとりづつ吹かされたんです。
楽器を持って数ヶ月、楽譜もまだろくに読めない私です。もちろんみんなの前で吹くなんて・・・。
ソ・ラb・ラー・ラb ソ・ファ#・ソ・〜〜〜(inF)と前奏が終わると後はンパンパ、パパパッパばっかりで何だかもうしどろもどろ。後打ちなのか頭なのかもう吹いてる途中でパニック。演奏はめちゃくちゃでした。
結局「明日は来なくていいから。休んでろ」だって。恥ずかしさと悔しさで自転車こぎながら泣いて帰りましたね。
そう言えば新しい教則本を買ったときも、「12音階全部暗譜で吹けた者から配る。」てんで必死になって覚えましたね。全音・全音・半音とかいうんじゃなくて丸暗記。
「合格者だけに配られる真新しい教則本」なんか輝いて見えたねー。
苦節と厳しい指導があったおかげで今の私があるのだと。そう考えます。
ところで皆さん12音階吹けますか?
中学1年の時、修学旅行から帰って来た3年が、「おみやげの贈呈式やるから中庭に集合!」とのこと。
3年生(ホルン1本)が演奏する得賞歌をバックに熊のキーホルダーと昭和新山で拾ってきたという石をいただいた。
それから数年経ったある日、偶然再会した先輩と飲みに行くことになりなぜか話題が贈呈式の時の話になった。
「先輩。あの時もらったキーホルダーと溶岩まだ実家の机の引き出しにはいってますよ!」と私。
「おー、あれなーおめぇまだ持ってらのな? あの石だっきゃ中庭さあった溶岩ぽいの拾ったんだね。」
※ 訳(あれ、きみまだ持ってたの? あの石は中庭にあった溶岩らしい石を拾ったものだったんだよ。)
「えっ!?」
長年に渡ってすっかり騙されていた素直な私です。
その後、私も後輩に何か楽しい騙せるお土産をと思い、某動物園から動物の餌用のビスケットみたいなのを買っていったところ、
「これ知ってる。熊の餌でしょー。」
だって。結局ネタバレで失敗だったとさ。
こんな私でも、人手不足のためかこれまで何度かクリニックでホルンを指導する羽目になったことがあるんです。
私自身プロの指導とか受けたことが無いんで、教則本の受け売り&後は経験からということでほとんど我流。
(今まで私に教わった方々ゴメンナサイ)
私が指導するときにしつこく言うのがロングトーンの大切さとその練習。
もう基本中の基本なので、もしかしたら今時はやらないのかもしれませんが、注意点として
1 出だし
2 のばしているときの音色・音の揺れ
3 音の止め方
の主にこの3点です。
この3点に注意した上で、音の強さ、高さをかえてやったら1日1〜2時間では足りないかもしれません。
私は中・高とウォーミングアップとして、あるいは合奏のない日は最初から最後までひたすらロングトーンばかりやっていました。
「通る音を出したい」とか「綺麗な音を出したい」とかいろいろ自分に課題を与えてやっていました。
(私のこと知っている人。今の私からは想像つかないでしょ。)
今は学校の立地条件とかで「外」でっていうのはまず不可能で、ほとんどが大人数で一部屋に集まって個人練習というかんじだろうけど、そんな中でも、自分の音色に耳を傾ける時間を持って、毎日自分に課題を課して練習してみてください。
地味な練習ですが絶対にためになると思います。
何事も基本が大切。(テクがあっても音が悪ければ・・・)と思います。
私は中・高と上下関係が厳しい方の学校で過ごしました。同年代の方と話をするとほとんどの学校が厳しかったらしく、吹奏楽部てのは文化部なのに体育会系てのが当たり前のようです。(確かに体力つかいますよね)
部活動で何を学ぶのかと言う意味で行けば先輩・後輩という上下関係はしっかりしていたほうがいいと思います。
音楽作るだけじゃなくて、人間関係の作り方とか、言葉遣いとか、時間を守るだとかいわゆる生きていく中で必ず必要となるマナーとかモラルを学ぶ場所でもあってしかるべきだと思うのです。
「おれが先輩だ!」て威張るだけでは後輩は付いてきません。やはり先輩と認められるべきモノが無ければだめ。
先輩が先輩らしくいるためには、出来れば後輩には技術面で負けて欲しくないです。(先輩になる方は必死で練習すべし!)まぁもし演奏技術で負けたとしても、面倒見がいいとか、部の運営についてしっかりしているとか与えられた仕事をきちんとするとか。
これはもう社会人としても大切ですよ。
私も先輩にはよくお世話になりました。帰りにうどんをごちそうになったり、アイスをごちそうになったり・・・・。
(たかってただけかい!!)
色々なイタズラもされてその時は「チキショー」て腹が立った事もあったけどいまではそれを肴に先輩たちと酒が飲めます。いいつまみです。
いい人間関係を築くという事で考えると、社会人としてもマナーやモラルは必ず必要ですよね。
みなさんもいっしょに飲んだり、相談出来る先輩・後輩いますか?
私が初めてマーチングを見たのは弘前市のM高校の定期演奏会です。
座って吹くのも難しいのに、歩きながらそれも振り付けみたいなのまで付いてて正に「スゲー」と思ったものです。でも、実際に高校でマーチングをやってみると
「音が荒れる」
「アンブッシュアが悪くなる」
とか以外に批判的な声もあるし、演奏会のプログラムの中では1、2年中心の余興的存在であまり本気で取り組んだというほどでもありませんでした。
しかし、たまたま就職した先にあったBandはほとんどパレード、マーチングが活動の中心で、まさかこの年になってと正直最初は思っていました。
ところがそんな私の考えを覆したのがDCI(ドラムコーインターナショナル ※アメリカで組織されているマーチングの団体。吹奏楽連盟のマーチング版みたいなものかな・・・)のVTRとか、日本武道館で開催されているマーチングの全国大会の見学でした。
それらを初めて見た感動はまさに背中に電流が流れたかのような衝撃でした。私が昔やっていたものとは全く時限の違う、正に音楽を体現していると言っていいものでした。
マーチングの大会は○連のコンクールとは違い、うまいソロやTpのハイノート、難しいフォーメーションがあると会場全体で拍手、歓声、かけ声なのです。静かに座っている必要なんかありません。おとなしい私もいつしか大声で叫んでいました。
それからというもの、私は、知り合いにいる教員の方には会うたびに「マーチングやってよ」とすすめています。
座奏とはまた違った感動が見る方にも演じる方にもありますよ。
皆さんも機会があったらぜひマーチングご覧下さい。
(ところで、○リ○リのマーチングバンド部どうなったのでしょう。綜○警備もでていたけど・・・・。)
いまこれを御覧の人の中にもこれまでに演奏会の選曲作業に当たったことのある方もいらっしゃることと思います。
演奏会の選曲をするにあたっては、
1 企画物〜作曲者・映画音楽などの特集(これが一番楽かも)
2 曲調選択系〜曲調によって起承転結を持たせる。
3 2と同様であるが、MCやスライド映像などの効果を使って1ステージ全体を通してストーリー仕立てにしたもの。〜音楽劇的
などがあると思います。
まあ、どのパターンも必ず、OPENNER(最初、始まりっぽい曲)、CLOSER(エンディング、終わりっぽい曲)というような選曲になるのはあたりまえですが、あえてエンディングにOPENNERぽい曲を持っていって「派手に終わる」とか観客の「もう少し聴きたい」心を煽るって手口もありますね。
いずれの企画(すべて含めて企画と言わせていただきます)も甲乙付けがたく、私もどれが好きとか嫌いということはありません。
ただ、これだけで終わると単なる「演奏会企画案」になってしまうのでコラムらしく(?)苦言を少々・・。
「企画に溺れていないか?」
「演奏する側が楽しんでいなければ観客も楽しくない・・・。」などともっともなご意見をおっしゃいますが、舞台上だけで盛り上がっている(内輪受け)バンドも多く見られる。
「選曲がバンドのレベルに合っているか?」
演奏会=発表会なのです。挑戦する姿を見て美しいと感じるのはスポーツの世界。音楽でそれも演奏会で“挑戦”しすぎて持て余し気味の曲を披露されても・・・・・という気がします。
「企画は練られたものか?」
「今年は新しい企画で」とか「他では無い」などと強調しているところに限って「新しくない」し「上手くない」。
企画者の勉強不足なのか、同じ団体で数年前に同様のことをやっているのに「新しい」とか言ってる。
流行の曲をやることも誰でも知っている曲をってことで大切だとは思うし私も正直知っている曲があると嬉しいものですが、それよりも何よりも大切なことそれは「演奏が上手か」という基本的な部分なんですよね。
以前、某プロ吹奏楽団の演奏会に行ったときに改めてそう思ったんですよ。勉強不足の私にとってその日のプログラムは嬉しくない知らない曲ばかり。内心「あー飽きちゃうかもなー」とか思ったんです。
ところが、面白かったし、十分楽しむことができたんですよね。それはやはり演奏が上手かったからなんです。
それまで、企画にばかり溺れていた私は基本的な部分を忘れていたと反省させられました。
一番は「企画」じゃなくて「演奏」があっての「企画」なんです。
「企画」すばらしく面白い演奏会と評判になっているのはやはり、演奏も上手い団体です。上っ面ばかりを真似てみても所詮全く違うものになってしまうってことです。
ポリシーがあって個性的な演奏会見てみたいです。もちろん上手い演奏でね。
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これに関するObjectionは色々なところで激論が交わされているようですが・・・・・。
コンクール自体には反対の立場ではありません。バンドにとってコンクールに出場することの効果も何かしらあると思うからです。
ただ、ここで私が言いたいのは、「きれい事を言うのはやめにしては?」ということです。
出たからには勝った方が嬉しいにきまっているし、負けるために出ているバンドはないはずなんです。
「負けたけど、自分たちの音楽が表現できたから良かった。」なんて負け惜しみに聞こえるのは私だけですか?
「自分たちの音楽が表現できた」のにもかかわらず負けたってことは、その表現が審査員に受け入れられないものだったか、あるいは最初から表現出来ていないし伝わっていなかったと考えられるんじゃないですか?(私はほとんどが後者だと思いますが。)
勝てば嬉しいし、負ければ悔しいのは当たり前の事です。
「結果じゃなくてそれまでの経過が大切」そのとおりですが、じゃあ「経過」はどうだったの?
本当に悔しくて泣くほど練習したのかな?ってちょっと意地悪に聞いてみたくなることがあるんですけど。
練習の成果が結果に結びつけばそれは最高ですね!!
でも、コンクールに出る事って本当は経過とか参加することよりも「後」の方が大事なんじゃないかってこのごろ考えます。
勝ったバンドはもちろんその上の大会を目指して一層練習する必要があるだろうし、コンクール以外の演奏でも「らしい」演奏が出来るようにプレッシャーに負けない体力づくりが必要。
もちろん負けてしまったバンドも、次の大会に向けて反省も含めてより努力する方向に向かえればいいと思う。
それが全体(地域・吹奏楽)のレベル向上にもつながることになるんじゃないかなー。
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皆さん携帯電話持ってますか?
最近の機種は12和音とか言って着信音もきれいに鳴るしすごいですよね。
iモードとか着信メロディもネットからダウンロード出来たり、これじゃそのうち通信カラオケ状態だなーとか思っていますが。
吹奏楽やってる人とかは配信されてる曲では飽きたらず、吹奏楽の曲を自分で入力したりして楽しんでいらっしゃるようですが・・・。
ただ、あれって必要な機能なのでしょうかね。
自分のオリジナル曲をいれとけば他の人と区別が付いて分かりやすいってのもありますけど、通常は電話が鳴ったらすぐに出るものじゃないんですか?長々とメロディを入力したって、聴けるのはほんの数秒。
他の人と「こんなの入れたよ」って聞かせ合ってるのは別に気にならないのですが、公共の場で突然鳴り出されるとホントにびっくりしちゃうんです。
いくら綺麗な曲だって、突然鳴り出すとびっくりしませんか?音楽だってこれから聴くぞって態度で待ってるからいいけど、そうでない時ってびっくりするし、気持ちのいいものじゃない。
電話が来たってのは電話を持ってるその人がわかればいいことで、周囲の人に知らせる必要はないんじゃないでしょうか?
私は自宅に居るとき以外はほとんどバイヴ状態です。
単音しかでない古い機種ですけどね。←(平成13年ついに機種変更!!今は和音出ます。(^_^;))
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「名門(伝統)校・・・。」
出身校とか聞かれて、そこがいわゆる吹奏楽の「名門(伝統)校」と呼ばれる学校だったりすると、
「うわー、すごい。」
「すごく上手な学校だよね。」
「じゃあ、あなたも上手かったんでしょ?」
だとか言われて、たまたまその学校に行っていただけなのに、自分まで上手い人にならされてしまうことってありますね。
私はいつも、「先輩方や後輩がすごかっただけで、私はたまたま居合わせただけなんです。」と答えています。
もちろん、それが本心なのですが、ただ、正直言うとちょっと嬉しいし、誉められているわけですから当然悪い気はしません。
私の小さなプライドのかけらになっていることも否定はしません。
ただ、その小さなプライドを保つためにも、母校の名に恥じないためにもそれなりの鍛錬(うーんすごい練習したみたいな響きですなー)はしてきたという自負もあります。(現在、プロフィールで出身校を伏せているのは、鍛錬不足で恥ずかしいため。)
ところが、この世の中いろんな人がいるもんで、たまたまそこに居合わせただけなのにプライドだけ高くなってる輩がすごく多い。
それがどうも学生諸君に多い気がしてたまりませんねー。自分が名門校と呼ばれる学校に在籍しているだけなのに、「自分は他の学校の学生より上手いんだ。」と最初から決めてかかっているというかそんな輩が。
コンクールでは無名校の学生の中にも、個々ではすごく上手な人はいっぱいいるんですよ。それをちゃんと聞き分け出来ないようでは上手くなるはずないんです。
○○先生の教え子だからとか、知り合いだからといってその人自身は全く別人な訳で、上手いとか、優れているとは言えないでしょう。
ホントに勘違いの人が多い気がします。
「名門(伝統)校」の名に恥じない実力・人間性を身につけていただきたいなーと思う今日この頃。平成13年春の管理人でした。
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「講習会」
毎年、春頃に盛んに開催されるのが「講習会」というやつ。楽器別やモデルバンドを仕込んでの課題曲クリニックとか・・・。
私の知り合いにも学校の先生をされている方が多くいらっしゃって、「うちに教えに来てくれ」とか言われると、義理もありますから大したこと教えられないのに出向いて講師まがいのことをすることもあります。
教える内容は、先に書いている「基本が大切」という内容とだぶるので割愛しますが、講習会をしてくれと言われて一番困るのが「この曲をやるんだけど・・」と曲目を指定されて教えなければならない羽目になったときですね。
「○○」という曲をやってるから、それについてと言われると一応その曲を聴いたりしてから出かけるわけですが、多くの生徒は譜読みすら出来ていない。
いっしょに譜読みをしてリズムを教えて、それを吹いてみてもらってという作業が延々つづくこともある。これだと奏法までは時間が無くて行けない。
それで、吹かせてみると結局基本がなってないってことになって、曲を離れて基本練習をするということがほとんどで、先生方の期待を多々裏切っている私。
実は、曲を教えるという以前の問題という場合が多いのですよ。
初心者向けの講習会だと割合やりやすいのだが、ある程度吹ける人に教えるのはなかなか難しい。良きにも悪しきにもすでに癖がついてしまっているのでそれを短時間で修正というのはなかなか骨が折れるしあまり上手くいかない。
これは、私の指導力不足で申し訳ないことではあるが、人数と時間的制約があってなかなか手が回りきらないというのが正直なところである。
あとは、講習を受ける側の姿勢。
いかにも「今日は休みなのに・・・。」とか「教えて頂かなくても結構です。」という態度を取られると非常にやりずらい。なにかしら今日の講習会で教わって帰ろうという姿勢が見えていると私としてもやりやすいしやりがいがある。
これから講習を受ける機会がある人はぜひ、何か質問みたいなものを持って参加していただきたいということと、本音を言えば「受けたくないのであれば最初から参加しなくてもいいし、来ていただきたくない。」と言ったらきつすぎるかな?
私は、出し惜しみもなにもしないので、教えられることはすべて教えようと思って講習会に出向いている。教わる側も恥ずかしがらずにどんどん質問を浴びせて、吸収できるところは吸収していただきたい。と思っている。
その日に教えきれなかった場合は、請われればまた教えに行くことももちろんやぶさかではない。
ただし、勝手に出向いて講習会みたいなことはしない(出来ない?)主義なので悪しからず。
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「Soloを吹くということ」
吹奏楽をやっているひとなら、一度は吹いたことがあるは思われるsolo。楽譜に「solo」と表記されているだけで、音を延ばすだけみたいな簡単なフレーズも、突然鬼門になってしまうこともままあります。(^_^;)
最近、演奏会に行くとやたらとバンドの前方に出てきてsoloをする団体が多いです。長めのsoloだったらそれもありだとは思うのですが、すごく短いフレーズでも「solo」っていうだけでわざわざ前に出てきてマイクまで使って吹くってのはどうも見ていて落ち着かないのはわたしだけなのでしょうか?
って実はそれ以上に気になっていることが・・・・・・・。
それは誰でもsoloをとっていいのかな?ってことなんですよ。
「soloを吹くって言うことは、そのパート・バンドを代表して吹く」っていう事だと私は思うのです。solistにそういう気持ちがあるのかな?と考えさせられることが度々あるのです。
ポップスだったら、楽譜指定のパートが残念ながら弱いのであれば、他の楽器で吹き替えるとかそういう配慮があってしかるべきだし、オリジナルアレンジだったら、弱いパートには最初から難しいフレーズや音域、ましてやsoloなんて作らないと思うのです。(私もそうです。)そうやって、最高(最善)の実力を披露することがお客様に対する礼儀だと思います。
自分たちの演奏会だから、自分たちの想い出づくりをするってのも結構ですし、教育現場においてはやはり父兄にご子息の晴れ姿を披露するということも重要でしょう。(家族の協力は大切です。)しかし、だからこそいい演奏でsoloを吹いて欲しいんです。
soloを吹きこなして欲しいんです。
私の好きなマーチングの大会では、上手いソロにはどこの団体でも関係なく、歓声、拍手が湧き起こります。
しかし、残念ながらそうでない場合は、すごく寂しくてあからさまに同情系の拍手なのです。(観客がシビア)それが当たり前だと思います。
soloを吹くって私にもなかなか回って来ませんでした。
初めてsoloを任された時の感動、緊張は今も脳裏に残っているような気がします。
未だに、soloって表記を見るだけで、緊張してしまうのは私だけなのかな?ちょっと考えすぎでしょうか?
みなさんのご意見、伺いたいと思います。
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「合 奏」
「合奏」と聞いて、皆さんはどういう第一印象を抱かれますか?
・ 「嬉しい」
・ 「楽しい」
・ 「嫌だ」
・ 「緊張する」
人それぞれに抱かれる印象は違うことでしょう。
私も楽器を始めた頃は、個人練習よりも合奏の方が楽しくて好きでしたが、曲や指揮者によっては嫌だな〜と思うことも正直ありました。
私の母校(高校)では、部活が始まる時間に音楽室に行くと黒板に「個人・パート」とか「16:00〜合奏 ○○(曲名)」などとその日の練習スケジュールが記載されていて、それによってそれからの行動が変わるわけです。
まだちゃんと吹けない部分がある曲だったりすると、時間まで必死で音をさらったり、いつもより基礎練習を軽めにして体力を温存したり・・・。
一応は万全の体制で合奏に望めるように努めたものです。
ところで、「合奏」という言葉は辞書によると
「二つ以上の楽器で演奏すること」
対義語は「独奏」となっています。
文字通り、合わせて演奏することであるとは思いますが、問題は「合わせて」あるいは「合って」いるかということになるでしょう。
アンサンブルなど少人数であれば、リーダーの合図、ブレス等で演奏を始めて演奏中には互いの体の動きや呼吸を感じてテンポ等を合わせていくだろうし、もっと大人数であればもちろん指揮者の棒に合わせるということになるでしょう。
テンポの問題は大体これで合わせられるとして(指揮を見ていればですが)、テンポの他に奏者個人の問題が生じて来ます。
それは、ボリューム、ピッチ、アーティキュレーション等です。
この中で、一番陥りやすいのが、ボリュームの問題だと思うのです。
特に、大人数の中で演奏すると、自分の音が自分に聞こえてこない事態になることがままあります。
皆さんはこんな時どうしていますか?
私も、高校へ進学したばかりの時、周囲の先輩方のボリュームに圧倒され、自分の音が聞こえないことから不安になり負けまいと吹いたりもしました。結果、曲の途中でバテてしまったりということが多々あったのです。
実はこれが、一番陥りやすい悪い事態なのです。
こういう時こそ、周囲の音色に耳を澄ませて、自分の音をブレンドしてやるつもりで演奏する余裕が必要だと考えます。全員がffで演奏している時に、自分の耳に自分の音が聞こえる程強奏したのでは、客席にはその人の音だけが突出して聞こえ、聴衆には非常に耳障りなことになってしまうのが関の山だと思うのです。
周囲の音に耳を傾けながら演奏することによって、ボリュームだけでなく、ピッチ、アーティキュレーション等の問題も良い方向に向かうと思う。周囲の音と自分の音が上手くブレンドされた状態、響きを自分の耳で覚える事が大切なのではないか。周囲の音に耳を傾けられる状況になって参加してこそ「合奏」に参加した。「合奏」したと言えるのでは・・・・。
何だか偉そうに書いてしまいましたが、私自身も自分の耳をもっと鍛え、理性を保った演奏を心がけ、「合奏」に参加したいと思う。
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